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文春新書『英語学習の極意』著者サイト

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南川 航 詩集『ハイウェイの木まで』

南川 航 詩集『ハイウェイの木まで』

 昭和53年11月に刊行された南川 航(みなみかわ・こう)詩集『ハイウェイの木まで』をウェブ版で復刻します。ウェブ版を定本にするにあたり、表記を一部改めました。


【 目 次 】
おほはれた街で
秋の田の
……フード
運河
起立
サーカス
我庵(わがいほ)
2DK
だから大好きなお風呂で
二人の
カーテン
山鳥の
今こむと
「失恋レストラン」
ぽく
ある個人史(三秒)
かはをはがれたへびのことば
地のコック(ヒヒヒ合唱団共演)
疾風
赤い花と瓦の
花のいろは   
紅脂(べに)   
音楽
防空または平凡なCM
デパートではさむ色紙のために
出版情報(この本の発行部数)




□ おほはれた街で
 
屋根のない公園で ぼくらはまだ小学生だとささやかれてゐた
一日中コンクリートの球を転がしてゐたが
風がひどくなると 脚をケースに入れ
黄色いボディーのタクシーで帰った
 
屋根のない公園を牽いて ぼくら逃げなければならなかった
ブランコや五坪ほどの土地を メアリーと牽いていきながら
おほはれた街のうへをオートバイで走る
それがぼくらの日々の祈りだった
 
メアリーのからだ アーメン といひながらぼくは
おこづかひで買へるだけのシュークリームを食べた
五坪の土地のうへでメアリーをおひかけては
 
キスをした 壜びんのなかでするようなキスを
そして夜がふけると 手足をケースに入れ
さびたボディーの地下鉄にはふりこんで帰った
 


□ 秋の田の
 
秋の田の
仮小屋にひとり
露にぬれる
はだかの林を
かけてゆく
 


□ ……フード
 
おばあちゃん
月曜から土曜まで毎日
かまぼこばかりでごめんなさいね
 
農薬をつかってゐないお野菜
虫くひのおりんごだとか
ひんまがったきうりだとか
五本脚のお大根だとか
せむしのさばだとか
にはとりや相撲とりの上等の肉だとか
せいいっぱいいい材料で
料理をたのしむ夢をみたわ
 
かまぼこのおさしみや
かまぼこのあさづけ
焼かまぼこに
揚かまぼこ
湯かまぼこ
かまぼこ板のかまぼこ炒め
せいいっぱいの工夫をして
わたし おばあちゃんにつくしてきたの
 
だのに
おなくなりになったとたんいきなり
ぴょこっと胃をはいてお仕舞ひになるなんて



□ 運河
 
ボートを漕がう
漕がう こごえる手のひらで
空にうたふ? 吸ってふとりつづける空にうたふ?
では水の下から! 僕まで吸はれないやうに
 
(おか)にあがって ふくれ犬とあるけば
ガラス城址(じょうし)がみえるだらう
その昔大帝は指一本づつライオンに食はせて
二十日間 無聊を慰めたさうだ
 
では僕も二十日間
漕がう こごえる手のひらで
いや チンチン電車に牽かせよう?
 
野のあげひばり さようなら
― ネオンのみえる
やきとり屋の煙になりますわ ―
 


□ 起立
 
ゴリラを宿したヒトの耳とゴリラの耳が
蕾んで葉とゆれる。森のめざめのやうに。
わたしは眼が欲しい わたしは肺が欲しい と
合唱。(昔 追放の前には歯を総て抜かれた)
 
釣り舟から毛を釣りあげ 骨を釣りあげ
針と鉄ベラで互ひのからだに植ゑていく。
真面目なフクロフは子宮赤空に一礼すると、
七羽づつになって数を唱へ過ごしはじめた。
 
わたしの友はまだ桑の実 わたしはもう鶏。
泡に満ちた池に浮かぶ乾いた舟にうづくまり
時たま身をのりだして 管から水をすすった。
 
開いてゆれる。後悔しはじめた森のやうに。
脚を植ゑすぎた鶏たちは 斉唱しながら
再びからだをそいでいく。(外では時報)
 
 

□ サーカス
 
華やかに鳩などとばし
菊で飾った会場
大工から転向した手品師がゐて
回転のこぎりで人の首をきってくらしてゐる
 
砂漠にすてられた ビロードリボンの人形のやうに
俺もひょっこり二つになってみたい
思ひきりハデな興行にしたくなったら
連絡しろよな (お手軽な電話連絡)
 
華やかに鳩などとばし
猛獣つかひの娘は朝から何も食べられない
ピエロは紙巻三十三本ほぐしてしまった
 
首が半分とれかけたところで
にっこり笑ってやらうと思った
でも できなかった



□ 我庵(わがいほ)
 
あっぱれ アパート住ひの
都離れて
あたしゃあ晴る身
この身ひとつで
世をわたる
 
 

□ 2DK
 
はあ
家内はゐませ
いま魔法びんの中ですので(ヨットの気分で)
ちょっとまだだめですが
え あたたかいわたしに魔法びん?
魔法びんを買へとおっしゃる
くまじるしのを
くまじるときめく
めくるめくくまじるしのを買へとおっしゃる
どっこい家内はヨットの気分で
気分でしてね
え えだまめをにる
にるための小指用のいいのが?
親指用は?
やっぱり大きいのを一つ買っておく方が
家内の脚がすきになって
畑を耕すのにもいいし
シロツメクサをつみ
一味をまぜあはせるわけですね
ちひさい花ばなと
きけんないちみがいいといはれても
糸車から
家内がでてこない現状といたしましては
前向きの姿勢でくっしんするほか
 
くっしんするほか
 
これから白む九時まで
愛する家内と仏滅の
日のように吹いてゆく
ゆくんでしてね
冬の湯舟のなかで
ヨットの気分で
 
失敬
では遂げ
研げば切れるびんへさっそう
拙者さっそう
豆を
くはへて
 


□ だから大好きなお風呂で
 
おふろでオリヴィアの弦が切れたとき
オートバイの天使もいっしょに叫んだ
ジプシーが隠元をいりながら拍手をしたので
石鹸から鳩出す師はその眼にうろたへた
 
工場の月に照らされて 古城は風化する
草の上のふたりは 三日まで眠れない
息は? 文教省推薦の古風な息は?
結晶してから風化する もう幾度目のつぶやきだらう
 
ことばなんて脂っこい皿を積むから 男
歌でふくれて恋してるつもりになった
昔から男には うでと胸しかないのに
 
ことばなんて欲深な泥舟でゆくから 女
歌の底に沈んで恋してるつもりになった
昔から女には 眼とくちびるしかないのに



□ 二人の
 
怪盗ルパンの電報によれば
ぼくのおかあさんは指を切った
たまねぎやいか たまごやいすや
台所を食べすぎたせいだ
 
おかあさんはもうたすからないだらうか
この深い傷ではもう?
シチューできあがり
蛇口に花咲く
 
ふぶきふく水道はひたる硬貨にやさしく
公園の柵のなかは首環と犬にやさしかった
小石をはふりあげよう 喜びにも悲しみにも
 
ペンキを塗られた道路の上で転がる夜にも
恋人たちは忘れない 胸にうずくまる幼児のことや
故郷終点 一列の蛙歌を
 


□ カーテン
 
え?
ぼくが?
 
ぼくは かまきり
見捨てられたビルの
ガラスをのぞく
 
あかるい サヨコの部屋
 
え?
ぼくが?
かまきりだって?
 
 

□ 山鳥の
 
山鳥の別れ
のやうに
わが心
あでやかな
あなたをさがす
 
 

□ 今こむと
 
まちぼうけ
月はめぐるよ
まちぼうけ
コーヒー三杯
もうあけた
 
 

□ 「失恋レストラン」
 
氷と水しぶきの旗ひらめく広場で
胸のボタンを点模様の貝にかへて
あしたまでのこと尽ことごとく通りすがりの絵皿にをしへたりして
三輪車のり継いで何処まで行ったらう
 
すねまで水につかって階段下りたところ
えびせん級の冗談をグラスになみなみとついで
ぼくたちこっちに来て今にもトクトク
ナイロン羽根でくすぶる別れの匂ひをかくして
 
氷と水しぶきの旗ひらめくふりだしまで
還るはめになった(ナプキンの鶴がすてきと言はれ)
銀紙にまぎれて売り出されたぼくは
 
すねまで水につかってさめざめと泣く客に
一言 やはり胸のボタンを新しく
木の実のボタンにしてはとすすめたりした
 


□ ぽく
 
ボンジュール
三人寄れば市が立つ
月面の地図を山と積んで
―― なにしろひどい誤植で
 
およいでもどってきた日記帳に
およぴでせうか 雨天のスタンプはここに
およぴ腰で応接すれば あとは
オヨヨにさっとダイアルをあはせて
 
ボンジュール
どんぐりのやうにはやくねがひます
せめられて誤植がぽろぽろこぽれる
 
ぽくに勇気をオヨヨ
ぽくぽくぱかりで おどけてぱかりなんらよオヨヨ
〔おわび〕 「ば」行の平仮名が品切で御迷惑をおかけしました
 


□ ある個人史 (三秒)
 
指人形は
指切りに命をかけたが
つき指で死んだ
 
 

□ かはをはがれたへびのことば
 
のどのあたりがぬるぬるする
足をもがれてしまった
 
海をおよいで
海をおよいで
とほくにみえる大陸へわたらう
海草といっしょにながれていかう
 
砂漠のにほひがしてきた
 
 

□ 地のコック (ヒヒヒ合唱団共演)
 
幼虫は腐葉土しか食べない
旗うちふられ
 
鉄のパン粉と
フライ鍋
 
船腹 塩ばかり
ラッパにタコが棲む
 
残念漬物社
浜まで 数珠
 


□ 疾風
 
鉄索の橋のうへで さようなら
をいった
 
海にすてたジャックナイフ なぜ
わたしののどもとに流れついた
 
わたしの腹をひらいて
死んでゆくこどもを見てください
 
中国の皇帝がしたやうに
 
さようなら
 
 

□ 赤い花と瓦の
 
転がされるまで漕がないと。
死に花を陳列した通りのつきあたり倒れた自転車まで
うかぶ缶の速さで。
 
ピアノを
ピアノをふらせて屋根を
屋根をつぶして(いちごの転がる屋根を)
木の砕片でつぶしてくださらないと
あたしたちの動く部分が、はずれた
はずされたねじのやうにはずかしい
だからはやくピアノを。
したたる水のしたで
街の地図を
石の地蔵をねりあげる川の地図を
舌のうへで小道をほぐしながら燃やしてゐたい、
したたりはがれる白壁したで息づく草よりはやく燃えてゐたい。
土のにほひのうつった地図をひろげて
花と新聞紙にかくれてうつむいてゐたい。
 
胃にしみてゆく霧のやうな
消えてゆく傘のふりやまぬころ、
木の実あつめして
とげなどをパセリとともに散らすのは。
雨の日にはとくに
むらさきのとげなどを。
川を下る舟にも
化粧された頬にもむらさきのとげを
石のくちびるで転がしていくのは
(転がされるまで漕がないと)。
雨の日には
通りのつきあたりまで
缶より速い壁のそばまで
われた黒かわらの裏でうまれた
からいねずみとうづいてゐたかった。
 
霧がはれると
失はれた命がまたよみがへってしまふ。
 
 

□ 花のいろは
 
桜花の
この身色あせて
うつりゆく
春の長雨
いつしか夜
 
 

□ 紅脂(べに)
 
ジンタにあはせて
高く生きよう
 
と言ってくれたのは
サーカス小屋のブランコ乗りでした
 
彼はこれを身をもって実践し
灯火の下をゆくたくさんの顔をみたのです
 
道化てゐると下に落ちるので
ブランコ乗りは頬笑むばかりでした
 


□ 音楽
 
塔の掘り方は?
 
空が死なないやうに
(空の解剖図も銭で買へば)
 
空のなかに メスを
おき忘れたのは誰?
 


□ 防空 または平凡なCM
 
桜色の光線につかって
はやるあなたもダンスを
棒におはれてタッタッタ
あなたもタッタ
ついいと脚をあげて
大きくあげて
(注意 注意点滅です
走ってくるのは非常灯でせうか
すべりこむ紙やすりの判定は
セーフです
黒を消しセーフです)
希望をあしたに託してけふは
はやるあなたもダンスを
いちばんのりのバチ棒二対
ついいとうへまでゆかせよう
のどを押へて (出来る限り遅らせてください
ケロッグからのお願ひです)
蛙と乾ききるのどを押へて
脚をあげてタッタッ
調号はどうつけよう
にゅうわに尿意を表はすやうに付けようか
ばあたりをねらって
ぱああ脂肪も
(鈴の房をぬけてぼくら回ってゐる
回ってゐるのさ腹宿あたりで)
 
戦禍をかなしみタッタッ
ぐっと押へて耐へぬくぐうちょき
たまごやき
にゅっとのどごしよく
申請まだなの
原爆に
飽きたら大根の花くはへて 
あたしハッサク好きとおどけて
工場長ともう一度?
三十一度傾けたところ
黒から水をぬかれて
わたしたちフリルつきの板にすがってゐるみたい
申請まだなの?
さくら散らす申請まだなの?
 
希望をけふに託して
はやるあなたもダンスを
 
 

□ デパートではさむ色紙のために
 
使ひ道
の突き当りを右に曲った所でポスターにはさまれながら
そっとつかれた側を吊ってゐるぼくは
一向に失さらない
 
身軽なコカコーラの斜めまへ蓮咲くならびのビロードにすわって
恭しく
伊予の箱まで
ノートのはしに残る妹と行かうとしたのは
妹をはしに残すノートと行かうとしたのは
なつかしかったせいなのだ旅の歯磨粉をなつかしむ気分の
肩をゆすってゆく日に
一群の樹木を通り抜ける線につながる
妹のはさみで
駅から
市駅にもどる旅のあひだに
付録のウルトラマンを組み立ててゐたころぼくはあこがれてゐた
紙のもとにどっぷりつかれば
卵を何個ぐらゐ産めるだらう
幼年らしく
そっと同じ仕掛をくぐって
妹に近づくためには
なけなしの小遣で赤茶けたジュース缶を買ったあと胸によぎる
あのささやかな後悔をつなげて
もう一枚のあの硬貨をつなげてあの
あのこちら妹さんだと思って
だと思っておでん
お電話などしてみたしだいなんですが
妹さんみたいなひとに
こころ当りは
はああの
妹さんみたいなきりんが
きりのやうに吹かれてゐる
 
ひきこんでしまった線をそっと一群の樹木につなげて
つなげられたはさみで午前三時のあたりを切ってみたかったのは
なつかしかったせいなのだ旅の歯磨粉をなつかしむ気分の
一杯になった胸に青ざめたウルトラマンを押しつけながら
失さる予感のあった僕は
杖をつけばさらに正確な歩み
になるのではといはれて
いはれてゐる
妹といはれてゐた女の名前を
ノートのはしに
ポスターに
かきなぐっては
はさまれつづけてゐた

 


【 出 版 情 報 】
『ハイウェイの木まで』 書籍版  
昭和53年11月発行 900円
著者 南川 航(みなみかわ・こう)  
発行者 泉幸男企画室  
印刷者 ワニ・プロダクション  
ウェブ版 平成14年2月12日

発行部数
書籍版300部 + ウェブ版1,902部(平29年10月18日現在のページカウント)









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